今の生活に直結する産業・近代遺産12選
TN
2018年05月15日

観光地としては地味、歴史的背景を知らなければなぜ登録されているか分からなくなるマイナーな近代遺産たち。現代の文化とあまりにも直結しすぎているからこそ、その始まりを改めて考えたくなる近代遺産を紹介。
  • フライ・ベントスの産業景観

    19世紀から今日にいたる国際貿易、労働力の移動、集約された食糧生産という現代の文化を代表する遺産ともいえるフライ・ベントス。残されている建造物も工場、住宅、港湾施設と写真栄えはしないものばかり。それでもヨーロッパの食糧事情を支えた工場が南米の小国ウルグアイにあったことを考えると、世界がつながっていく端緒であったことを感じざるを得ないだろう。
  • リューカン・ノトデンの産業遺産群

    いまや当たり前となった化学肥料。現代科学産業の基礎中の基礎であるハーバー・ボッシュ法によるアンモニア生成やその前身であるビルケラン=エイデ法を行い、ノルウェーを世界有数の化学肥料輸出国に押し上げた。また当時世界最大級の水力発電所を有するという点からも現代とそう変わりない産業の様子を見て取ることができる。
  • ハンバーストーンとサンタ・ラウラ硝石工場群

    化学肥料の誕生前夜、窒素の生産といえば硝石からの抽出を意味していた。その生産工場がハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場である。荒野の真ん中に鉱山と工場というのはチリを含めオーストラリアやアフリカ各国、北米にもよく見られるようになったが、19世紀という時代背景から考えると先駆け的存在として見逃せない。
  • ファン・ネレ工場

    砂糖・紅茶・コーヒー・タバコなど、日本にいればごく当たり前に入手できる嗜好品は、ほんの数百年前は貴族や資本家しか容易には手に入らない品物であった。それらが一般市民にも普及しだした時代を象徴するのがファン・ネレ工場である。建物としてもガラス張りを実現するカーテン・ウォールや広々とした空間は今ではどんなオフィスビル、工場でも目にすることができる。
  • ドナウ河岸、ブダ城地区及びアンドラーシ通りを含むブダペスト

    ブダペストの歴史は古いが、2002年に拡大登録された要素のひとつである地下鉄は、まさしく鉄道の歴史に刻まれるべき存在である。世界初の電化地下鉄として、いまや世界中の都市圏にその影響を与えている。地下鉄としての世界遺産登録も2018年時点で唯一のものだ。
  • Ir.D.F.ヴァウダヘマール(D.F.ヴァウダ蒸気水揚げポンプ場)

    地下鉄含め地下構造物を支えている、それなのにあまり意識されないものといえば揚水ポンプである。これなしではそれらのほとんどはすぐに地下水で満たされてしまうことになる。そんなポンプ技術はやはり低地地方であるオランダがめっぽう強い。それを代表するのがIr.D.F.ヴァウダへマールであり、今でも水利施設関連の技術者がその技術を理解するために訪れるべき場所である。
  • テルアビブの白い都市――近代化運動 

    イスラエルの首都機能を担うテルアビブは20世紀のシオニズム運動に呼応してまったく新しく作られた町である。家々はバウハウス様式やインターナショナルスタイルだが、現代人からはよくある、時には少し古臭い外観に見えてしまう。これこそまさに現代のスタンダードの勃興を意味するのだが、それが万人に理解されるのはまだまだ先になりそうだ。
  • ベルリンのモダニズム集合住宅群

    人が住む世界遺産はいくつかあれど、歴史的集落でもなんでもない、こんなにも現代的な集合住宅はここかコルビジェ関連ぐらいだろう。これも現代のアパート・マンションのモデルとなった始まりの場所のひとつであるが、歴史的背景を理解しなければ、どの国・どの場所にも存在するアパート群に過ぎないのが面白いところである。
  • ル・アーヴル、オーギュスト・ペレによる再建都市

    現代のどんな建物であっても使われているのが、鉄、ガラス、そしてコンクリートである。しかしコンクリート自体は第2次大戦後でもそこまで一般的なものではなかった。そんなコンクリートを大々的に利用し、町そのものを廃墟からよみがえらせたのがル・アーヴルである。オーギュスト・ペレがさまざまな用途、大きさに実験的に利用したことで、それを参考に現代のコンクリートジャングルが誕生することになるのである。
  • ヴァールベリのグリメトン無線局

    今でこそインターネットが全世界を繋いでいるが、かつては情報が隣町に行くことですら容易ではなかった。海底ケーブルなどで直接繋ぐ努力の次に行われたのが無線技術の開発で、これ以後あっという間に通信速度・密度が向上して現代に至っている。操業は停止しているが、年に1回大西洋を越えた通信が行われる現役の無線局だ。
  • フェルクリンゲン製鉄所

    製鉄の流れ自体はエイブラハム・ダービーがアイアンブリッジを建造した時代から大きくは変わってはいない。しかしクレーンやベルトコンベアの利用、さまざまな工程の改良といった生産効率の向上は、ドイツの工業力を上昇させ、ひいては世界中の鉱業を現代の水準に引き上げる原動力となった。
  • ワロン地方の主要な鉱山遺跡群

    どんな産業であっても労働災害はつき物である。しかし鉱山・工場における事故はその規模の点で群を抜いている。ベルギー、ワロン地方にあるボワ・デュ・カジェもそのひとつで1956年の事故は今でもヨーロッパ最大の鉱山事故として世に知られている。これを超える事故がないことこそ、経営者・労働者の安全意識の向上という、現代の働き方が当たり前になってきた証明といえるだろう。